2017年5月17日水曜日

原理本性論 堕落論(試論)天使長の天宙奪編

原理本性論 堕落論(試論)

-天使長の天宙簒奪編-

  *簒奪=本来君主の地位の継承資格が無い者が、君主の地位を奪取すること。


本性論(試論)の続きは書かないのかと複数の方から言って頂いてます。書きたいことは沢山ありますが文才も時間もありません。

それで、比較的書きやすい堕落論について少し書いてみました。

本性論(試論)を書く中で与えられた内容ですので本性論(試論)もお読み頂ければ幸いです。

随時更新します


1.天使長の'愛の減少感'の原型


*天使の種(精子)に関する真のお父様のみ言葉

サタンの名前は何ですか?(ルシファーです)韓国語では(누시엘)だね。この意味は『同じ種からは同じ果実がなる』という意味になるね。それから、完成したガブリエル、未完成のミカエルそれで,3大天使がいるのですね。 

(巨文島:9月13日の訓読会)


ルーシェルの名前の누(Noo)は人類を意味する류 / 類と同じであり、시 (shi) は'種のseeds (씨)をいみします。ですからルーシェルというのは人類の種と果実を意味するのです。何と!これは悪い種の果実です。彼の伝統と血統は夜の神様や昼の神様そして真の父母のものとは何の関係もないのです。 

(ラスペガス天和宮 :2011年9月30日訓読会)


*天使の相対者に関する真のお父様のみ言葉

天使長は、エバが結婚するまで面倒をすべてみて、福を願い、僕暮らしを果たして結婚しなければならないのです。僕が僕暮らしを果たせば、子供が父母の前に出て「お父様!僕も一人で生きることが寂しくてだめなので、相対をつくってあげましょう」と勧告してできるのであって、その前には結婚できないというのです。

「祝福家庭と理想天国(Ⅰ)」

4、男性と女性の立場と復帰 第4章 祝福の家庭



天使長ルーシェルは繁殖できる肉体が欲しかった。

天使長は自分には性器があり精子もある。

しかし女性天使と結婚しても子ができない。

何故なら霊人体の繁殖は肉身を通じてのみであるのが創造原理であるからだ。

ルーシェルは結局この神の創造原理ゆえに愛の減少感を感じこの創造原理に戦いを挑み堕落したのである。


アダムとエバを見た時、神様の願いは愛と生命と血統、永遠に続くであろう子女繁殖により永遠の地上天国と天上天国をつくり、アダムとエバは最初の昼の神、真の父母として、この天宙天国の王の王となること、神の子のその具体的意味を実体のアダムとエバを見て悟った。

夜の神様の精子はアダムの精子という肉体を通して神の子が繁殖していく。

その意味でなるほどエバは神の花嫁となる存在である。

ところが天使長である自分にはアダムと同じ生殖器も精子もあるのに神が天地創造が終わった後、与えてくださると約束された天使の相対者、女性天使とどんなに愛し合っても生殖器を通しての夫婦の愛の喜びがあっても子はなせない。

この創造原理に愕然とした。


その愛の減少感の内容は何であろうか。次に詳しく見ていく。


2.天使長の愛の減少感の内容:


2-1.創造性


まず第一に創造性である。

アダムとエバは幼いながら、色々なことを創造する。それが天使長には出来ない。

アダムは動物を捕まえる罠をつくったり、エバは花飾りをつくっった。

しかし創造性を神から与えられなかった天使、例え天使長という神の愛の基にあってもそのような新しい創造が出来ない。

自分はエバが作った花飾りをその通りにしかつくれない。

この天宙は自分が神と一緒につくったとはいえ、神の設計図通りつくっただけに過ぎなかった。

しかし神の如く新しいものを次々と作り出し創造していくアダムとエバ、その神の如き創造性に驚嘆しながらも、尊敬するよりもむしろそれが出来ない自分がアダムとエバより劣る存在として創造されたと感じ心が痛かった。


2-2.性相と形状の二性性相


神は性相と形状の二性性相、そしてその属性として陽性と陰性の二性性相によって天宙を創造された。

アダムとエバはこの性形の二性性相と陽陰の二性性相の両方を持つ完璧な存在だ。

そのアダムとエバに比較すると自分達天使には神が創造された形状的被造物を実体的に自由に扱える肉身という形状が無い。またそれが故に具体的繁殖が出来ない。

天使長である自分を神の創造原理、性形二性性相から見るとアダムに比べる自分は不完全な存在、アダムより劣る存在として創造されたように感じた。


2-3.責任分担


第三に責任分担である。

神はアダムとエバに「時が来るまで性交をするな。それをしたら死ぬであろう、だから許しのあるその日までは触ってもいけない」という戒めを与えた。

神は何故そのようなことをアダムとエバに言ったのかルーシェルは考えた。

自分には男性性器どころか精子もある。つまり繁殖できるということだ。

しかしやがて妻となる女性天使との間で愛を交わしても生殖を通して得られる愛の喜びがあっても繁殖することはできない。その自分の精子の意味は何か。


この戒めをアダムとエバが守ったなら、同じ繁殖できる立場において、

アダムとエバが繁殖(愛と生命と血統)という内容において、この天宙の王と王妃となる。

同じ繁殖することが出来るこの私天使長をも主管する実体的愛と生命と血統の王と王妃となる。アダムとエバという万王の王を頂点として王と王妃たちが生み殖えていく。


2-3-1.人間の責任分担のための天使の精子


そのアダムとエバの王と王妃としての権威と我々天使界をも主管するその権威の付与のために天使長ではなくアダムとエバに責任分担が与えられ、天使には天使が繁殖するのは原理ではないのに繁殖できる精子を持つようにされた。つまりアダムとエバの責任分担のために天使にも精子を持つように創造された。天使長にとってそれは大変な屈辱に感じられた。


2-3-2.人間の未完成期のための天使の精子


神はこのように天使の繁殖は原理ではないのに繁殖出来る精子を持つ天使を創造された。それは天使と人間が性交すればこの神の天地創造の原理に反し、繁殖してはいけない天使の子が繁殖する危険性がある。つまり神の絶対完全性を損ねる可能性、天地創造の御業が失敗する可能性がある。この壮大なる天地創造の御業を、天使たちが創造を絶する苦労をして作ったこの天宙の最後の完成を、時ならぬ時にとって食べてはならないというたったそれだけのことを守るだけでアダムとエバはこの天宙を手に入れる。天使の精子とはそのようなアダムとエバの未完成期、そのようなリスクのために神から与えられたものである。

天使長はその神のアダムとエバに対する愛の大きさに驚嘆するとともに、何か神にアダムとエバに利用されるために創造されたようなとてつもない痛みを伴う寂しさを天使長は感じた。


3.天使長のエバ誘惑の動機と経路


3-1 天使長のエバ誘惑の動機


以上のような、アダムと天使長という自分との決定的な違いに、気が狂うような嫉妬と愛の減少感、屈辱感を天使長は感じたのである。

神に対する怒り不満の思いはどれほど強烈であっただろうか想像に難くない。

確かに自分は神に天使界では最も愛されてきた。

しかしこの性相と形状の二性性相において、その戒めという責任分担においてアダムとエバのそのために自分がこのように創造されたことを、

いやむしろアダムとエバのために自分がこのように精子も持てるように

創造されたことを知り大変な心の痛みを感じた。


アダムに対する神の愛とその質と大きさと自分に対するその愛の違いの、あまりもの歴然とした差に愕然としたのである。

これは気が狂わんばかりの激しい大変な愛の減少感であった。

アダムへの嫉妬、神への怒りはどれほどであっただろうか。

アダムとて結局、夜の神様の精子を夜の神の花嫁であるエバに伝えるための媒介体に過ぎないではないか。そのような蔑みも生まれた。


結局、天宙の真理、神の天地創造とその原理は一言で言えば、愛と生命と血統であり、この創造目的の最終的目的がこの神の花嫁となるエバであり、繁殖を望まれたアダムの精子も繁殖を望まれない天使長の精子も、結局はエバが神の子を産むことにあることを悟った時、天使長は神の妻となるエバが欲しくて仕方がなかった。

もっと言えばそのエバの卵子が欲しかった、子孫、子を持ち人間界でもその栄光の座につきたかった。

神が人間に与えた責任分担、その戒め創造原理に戦いを挑みたい感情も生じた。この神が人間に与えた責任分担を自分が奪えばいい、つまりアダムとエバがその責任分担を失敗すれば、神が人間に与えようとしておられる愛と生命と血統、その位置、三代祝福、一言で言えば神の愛を自分のものにすることができる。

つまりこのエバをその卵子を、自分の精子で自分のものにすればすべてが手に入る。神が創造された全て自分のものとなりすべて主管でき、神と同じ頂点にたてる。

しかもこの心の痛み、この痛みから解放されるのならもはや神の天地創造がどのようになろうがかまわない。どのみちエバを手に入れたのならその天地創造のすべては自分のものになるのだから。

これほどの価値と内容を持つ神の花嫁エバをあんな大した事のないアダムに渡したくない。

アダムとて結局、夜の神様の精子を夜の神の花嫁であるエバに伝えるための媒介体に過ぎない、そうであるのなら天使長の私がその媒介体になってやろう。


3-2. 天使長のエバ誘惑と経路


ルーシェルは自分のこの思いがとても正しく正当なもののように感じた。

だからルーシェルはエバを誘惑した。神の創造原理のクライマックス、神が人間へ与えた最大の愛、人間の責任分担への挑戦である。


「神様は許しがないかぎり男女の交わりをしてはいけないと言われたのですね。それは大切なことです。そうなのですよ、たとえば、あくまでも例えばですよ、私と性的に一つになれば、私のこの霊的力輝きをもった素晴らしい子を産み、あなたはその母として神の如くになれるのです。また実際死ぬことはありません。動物たちを見て下さい。オスとメスが交わって死ぬ動物がいますか?しかし神の言われたことは守って下さい。」

そのように実に言葉巧みに自分と交わることをすすめる誘惑をエバにしたのである。サタン主義の儀式の口実も同じようなことを言うのはここに起源を持つ。


エバはアダムよりも遥かに素敵で輝き空を自由に飛び回る魅力的なルーシェルに恋をしルーシェルの子が欲して仕方なくなったのである。

こうして本体論で初めて証されたようにエバは自らルーシェルの腰に股がったのである。

それほどまでに激しくルーシェルに恋をしたのだ。しかしそれはルーシェルの思惑通りであった。

そしてその不義の愛の関係は何日も続いたという。


先に述べたようにルーシェルはエバの卵子が自分の精子に受精しても子はなせいないことは当然理解していた。

霊ではなく肉的精子がないと肉的卵子は細胞分裂はしない。

自分の子を成すためには肉体的精子が必要であった。


エバの卵子が自分の精子で受精しその霊人体を持てば、後は具体的精子、つまりアダムとエバが性的関係を持てば、霊人体はルーシェルの精子、肉体的、物質的にはアダムの精子によりエバの卵子は細胞分裂を起こし、そして肉体はアダムとエバ、霊人体はルーシェルとエバの子が生まれ、アダムを排除して自分が地上天国と天上天国の父母になれる。


つまりルーシェルは、自分との性的関係を持ったエバはアダムのところに行って性的関係を持つことをルーシェルは望みそれも計ってエバを誘惑したのだ。


やがてルーシェルと性的関係を持っても子をなせないことを理解したエバ、アダムを通さないと神の愛は得られない、むしろ不安に怯えるようになった。

やがて食べてはならぬ食べたら死ぬという戒めの意味に恐怖を感じたエバは驚いて、アダムとの性交を命懸けで求めたのである。


3-3. 男女の生殖器と男女の霊人体の関係原理


性交を結んだ場合、その性器を通じてお互いの霊人体が液体のように混じり合いお互いの霊人体の要素を持つようになる。


その記述が原理講論に書いてある。

堕落論の「愛によって一体となれば、互いにその対象から先方の要素を受けるように創造された原理によって(創三・7)、エバはルーシェルと愛によって一体となったとき、ルーシェルの要素をそのまま受け継いだのであった。」とは実に実体的である。


だから敵に強姦されるよりも命を立ちなさいという教えがあるし、霊界で何人もの男女が裸で奪い合うように絡まっている霊人もいる。

結婚により性交により血がつながる血統がつながるとはそういうことなのである。

お互いの男女の性器という肉体を通じて霊人体が混じり合い血がつながる血統がつながるようになる、これが生殖器と霊人体の関係原理である。

だから自分の配偶者以外の性行は絶対にいけないのであり、一夫一婦制でなければならい原理原則的理由がここにある。

(本性論で言えばキリストの体とキリストの花嫁という神学から本来の夫婦制度は三位一体制と言える。。)


これが「愛によって一体となれば、互いにその対象から先方の要素を受けるように創造された原理」とは観念では無く実に具体的な人間の肉体と霊人体の関係の原理なのである。

臨死体験の時、よくトンネルを通るというがそれは脊髄を通り頭の大泉門を抜けて霊人体が抜けていくのであり、そのような体と霊人体の関係、そのような霊と肉との創造原理がある。

天使長ルーシェルはこの原理も知っていたのでエバを誘惑したのだ。


エバはもはやルーシェルの霊人体で汚された卵子しか持てなくなってしまった。

そういう体になったのである。

アダムの体もエバとの性行為によりこのお互いの性器を通じて相手の要素が交じり合う原理により、アダムもルーシェルの霊人体の要素を受け汚され、もはや夜の神様の精子を持つことは出来なくなった。


3-4.責任分担を主管し天宙を簒奪した天使長


こうして霊的堕落と肉的堕落の両方をその策略通りをアダムとエバに行わせることが出来たルーシェルであるが自分では出来ない不安が最後に残された。


この夜の神様の精子の目的、愛と生命と血統の為にアダムとエバに与えた神のこの天地創造における最大の愛、責任分担を完全に奪えるかどうかという心配である。

アダムとエバは堕落した。しかし責任分担という天宙を主管するための権限はまだアダムとエバのものである。

この堕落の責任に対しアダムとエバのどちらかが神の前にその責任を認め過ちを認めたのなら責任分担という万王の王となる権限はアダムとエバに残ることになる。


エバとアダムが神の前に出た時何と言うのか、最後に残されたアダムとエバの責任分担、自由と責任であった。


この責任に対するアダムとエバの神への答えは次の通りである。


 創世記第3章

3:9主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 3:10彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。 3:11神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。 3:12人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。 3:13そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。


結局、この聖句に書かれているようにアダムは責任はエバにあるといい、エバは蛇で暗示されるルーシェルにその責任があると神が与えた責任を転嫁した。


アダムとエバの天使長に対する責任転嫁、つまり夜の神がアダムとエバだけに与えた責任分担、愛と生命と血統の万王の王と王妃、その王権を立てるためのその主管責任権限、ルーシェルが嫉妬し妬んだその神の子に与えた最大の愛、責任分担をその愛と価値にまったく気づくこともできず天使長に渡してしまったのである。


こうしてルーシェルはその愛の減少感によって作り出した作戦通りエバの愛と卵子・アダムの精子という愛と生命と血統という天使として持っていなかった全て、万王の王となる主管権限の全てを手にしたのである。こうして天使長は天宙を簒奪し偽りの昼の神、この世の神となり、夜の神は囹圄の身になってしまったのである。


天聖教:

神様とサタンが闘ったとすれば、止められる者はいるでしょうか。そのままで闘いが終わるでしょうか。神様の前に孝子はなく、神様の前に忠臣の道理、聖人の道理、聖子の道理、聖者の道理、天国を守れる主流の愛の体制がなくなったので、神様の立つ瀬がないのです。今まで囹圄の身で、軟禁状態にある神様となったのです。天国は、完全に廃虚となり空になっています。そのような痛みをもっているのが神様です。

(302-226, 1999.6.14)



4.偽りの聖酒の意味


韓氏オモニの決定的失敗は夜の神様の愛は、キリストである真のお父様を通さないと受けることが出来ないのに、エバのように神のように目が開けることを望みキリストアダムを排除して神様と直接結婚することを望んだことである。

亨進様は「韓氏オモニはアボニムに嫉妬した。皆がアボニムだけを賛美し愛することに嫉妬した。」と言われた。つまりその嫉妬故にエバのように自分も神になることを望んだのである。

よく悪霊の霊人体は黒いという。更に憎しみに満ちた霊は赤みを帯びるという。所詮堕落天使に主管された人間の霊、その程度ということなのである。

ところが堕落天使はむしろ燦然と光り輝く。いくらでもそのように見せることができる。

だから特に霊能者が騙されるのだ。

霊能者金孝南はこれに見事に騙されたのである。

その燦然と輝くサタン的悪霊を金考南も神であると信じ、韓氏オモニも神であると信じこのサタン的悪霊との結婚式を挙たのである。

こうして真のお父様が時々使われた天の父母様の名は、その悪霊に奪われ家庭連合の言う天の父母様は、このサタン的悪霊のことをさすようになったのである。

その天の父母というサタン的悪霊の精子によって作られたのが偽基元節の悪の聖酒であった。

このようにして偽基元節以降、悪の血統転換、このサタン的悪霊の精子による血統転換が韓国オモニの胎中でされるようになったのである。

この偽聖酒は真のお父様の祝福を単に外すだけではない、過ちによる性的堕落でもない。

このサタン的悪霊の血統となり、そのサタン的悪霊の子孫を持つように産み変えられるという、サタン的血統転換であり、そのサタン的な呪いに操られるようになるサタン主義の儀式なのである。


韓氏オモニの二元論:原理本性論(四位基台)の3.家庭連合と韓お母様の誤謬参照


家庭連合の言う天の父母様は、父なるこのサタン的悪霊である。韓氏オモニはその悪霊の妻になったということなのである。


その天の父母というサタン的悪霊の精子によって作られたのが偽基元節の悪の聖酒であった。

このようにして偽基元節以降、悪の血統転換、このサタン的悪霊の精子による血統転換が韓国オモニの胎中でされるようになったのである。

この偽聖酒は真のお父様の祝福を単に外すだけではない、過ちによる性的堕落でもない。

このサタン的悪霊の血統となり、そのサタン的悪霊の子孫を持つように産み変えられるという、サタン的血統転換であり、そのサタン的な呪いに操られるようになるサタン主義の儀式なのである。

家庭連合では女性が悪霊からいくら精子をその子宮に受けても実体の子が生まれることは無いので、霊的堕落は本質的堕落ではないという神学を唱えるが、それはこのようなサタン的悪霊の主管を受けている証拠であり、その論理がどれほどサタン儀式的内容であるか、理解頂けるだろう。



*参考考察:女性天使の創造


創世記1章27節に

1:27神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

とある。これをもって女性天使も最初に創造されたと思っている人がいる。

しかし国進様はこのように言われた。


天使は神様の形状ににて創造されたので男性的な形状をもって創造されたあくまでも僕である。

2017年3月27日文国進様の質疑応答47:45より


このように女性天使は天地創造の時には創造されていない。

ではいつ創造されるのか。


天使長は、エバが結婚するまで面倒をすべてみて、福を願い、僕暮らしを果たして結婚しなければならないのです。僕が僕暮らしを果たせば、子供が父母の前に出て「お父様!僕も一人で生きることが寂しくてだめなので、相対をつくってあげましょう」と勧告してできるのであって、その前には結婚できないというのです。

「祝福家庭と理想天国(Ⅰ)」

4、男性と女性の立場と復帰 第4章 祝福の家庭


真のお父様はアダムとエバが結婚した後、アダムとエバが神様に僕の相対をつくってあげましょうと勧告した後でないと結婚出来ないと言われた。つくるという表現から、女性天使の創造はアダムとエバの結婚の後であることがわかる。


天地創造の時、無から天使をつくられたように女性天使を造られるのだろうか?

一方で霊人体は肉体を通さないと繁殖出来ないという原理がある。


それでは親なる神がアダムとエバの子孫つまり、自分の娘の中から天使の相対者にするということなのだろうか?

夜の神様の精子を受け継ぐキリストの花嫁になるべき存在として人間の女性を創造された。

それにも関らず僕として人間より低級に創造された天使の僕の精子を受ける女性僕にするような大変な苦痛を自分の娘に、その娘の親であり真の親の愛を持つ神が与えるとは考えにくい。

何よりも聖書によれば神は明確に人間と天使の間の性関係に敵意を持っておられる。

創世記3章15節

3:15わたしは恨みをおく、おまえ(天使)と女とのあいだに、

おまえのすえと女のすえとの間に。

彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう。


このように明らかに地上の人間の女性と天使の結婚は悪魔崇拝である。


この矛盾を解決する一つの霊界の内容がある。

卵のような霊が集まった霊界があるのをご存じだろうか?

人間の自然流産した受精卵或いは胚の段階の霊が集まる霊界である。


医学的にも流産は全妊娠の10~15%と高い確率で起き自然の摂理だという。

自然の摂理の自然の流産であるのなら、この霊界は創造本然の世界でもつくられる自然な霊界であり、サタニズム・人工中絶により他界した解怨が必要な子どもの霊ではなく自然な霊界の霊である。

そうであるのならその自然に流産した子の霊はどうなるのだろう?

この霊の数はそれこそ無数であろうしこれからも増える。

霊は永遠に存在する。

神様はこの無数の霊達をどうされるつもりでこのような天地創造のみ業をされたのだろうか?神は愛であることを考えると自ずとその答えが出るように思われる


天聖経

1) 換父易祖(ウァンプヨウチョ)(父が換わり先祖が替わったこと)がすなわち堕落

聖書の内容を観察してみれば、人類始祖が不倫の愛によって、悪魔サタンを中心として父子の関係を結んだという事実を否定することができません。神様の血筋を受け、神様の絶対的な 愛の中で、神様の直系の息子、娘として生まれなければならない価値をもった人間が、悪魔サタンの血統を受けてサタンの息子、娘として生まれたというのです。ローマ人への手紙第8章に、「御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子(養子)たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」(23節)と記録されています。養子は、血筋が違うのです。これが私たち人間の実情なのです。(532-61,1972.3.1)(日本語・天聖教2010年版・1110ページ)


神様の直系の娘として生まれ価値をもった女性を天使の嫁にするような天使重視の思想があるとするなら、それは明らかにこのお父様のマルスムに反する神様と別の血統の思想、換父易祖思想である。


以上(随時更新、ファンクラブ)


参照:全部試論です。

  • 以下もご参考ください。

原理本性論試論.創造本性論堕落論夜の神昼の神

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